京都大学地域研に所属されている王柳蘭さん(日本学術振興会特別研究員)が、第1回(2011年度)地域研究コンソーシアム賞を受賞されました。
◆登竜賞授賞作品
王柳蘭著『越境を生きる雲南系ムスリム-北タイにおける共生とネットワーク』(昭和堂)
関連ウェブサイト:http://www.jcas.jp/about/awards.html
講評(上記ウェブサイトから)
本書は、これまで実証的研究が乏しかった中国雲南省と北タイを往来する雲南系ムスリムの移住と定住の歴史をとりあげて、人の移動が生みだす地域変動を広域的な地域空間の再編成として描きだした労作である。雲南系漢人移住史の重層性、雲南系ムスリムによる交易と移住戦略、国民国家形成のもとでのホスト社会への適応、イスラーム・ネットワークと華人ネットワークを通じた新たな活動領域の拡大など、移民としてのアイデンティティを保持しつつホスト社会での共生の道をたどっていった雲南系ムスリム社会を、長期かつ広域にわたるフィールドワークによって詳細に描きだした点が高く評価された。
例えば徹底した歴史学的手法によるアプローチ、集団・個人に密着した人類学的アプローチ、あるいは境界をめぐる国家と移民という視角からの政治学的アプローチなど、一つのディシプリン研究としても本書で取りあげたようなテーマに迫ることが可能であろう。しかし、あえてその方法をとらずに、諸学の跨境を試みることによって学際的な作品として地域とそこに暮らす人びとを立体的に描きだすのに成功したことは本書の大きな魅力であった。
登竜賞の第二次審査の過程で最終的な絞り込みの対象となったどの候補作品も、著者たちが長期のフィールドワークを通じて築いていった、人びととの深い信頼関係を基礎にまとめられた作品であった。そして、著者らの専門分野に深く根ざした洞察と考察を含むものでもあった。いずれも甲乙つけがたい出来映えであったが、本書を最終的に授賞候補とした大きなポイントは、この作品からうかがえる、多元的かつ複層的なさまざまな「境界」を往還しようとする挑戦が登竜賞を授与するにふさわしいとの意見が多くを占めたからである。本書は北タイおよび雲南省でのフィールドワークによって得られた成果であるが、雲南系ムスリムがつくる地域空間のダイナミズムを明らかにするためには、ミャンマーのシャン州やラオス北部での調査も必要となろう。今後は、こうした隣接地域でも調査が進むことを期待したい。また、「ミクロ・リージョン」という概念の精緻化を含め、本書で掲げられた今後に残された課題に果敢に挑戦することによって、本賞の授与という期待にこたえていってほしい。