代表: | 飯島渉(青山学院大学文学部・教授) |
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共同研究員: | 五島敏芳(国文学研究資料館アーカイブズ研究系・助教)、杉森裕樹(大東文化大学スポーツ・健康科学部健康科学科・教授)、鈴木晃仁(慶應義塾大学経済学部・教授)、二瓶直子(国立感染症研究所昆虫医科学部・客員研究員)、原正一郎(京都大学地域研究統合情報センター・教授)、門司和彦(総合地球環境学研究所・教授)、脇村孝平(大阪市立大学大学院経済学研究科・教授) |
期間: | 平成19年4月~平成22年3月 |
目的: | 20世紀の東アジア(中国、朝鮮、台湾および日本)は、感染症の抑制を通じて疾病構造の大きな変化を経験した。その背景には、近代日本における公衆衛生事業の制度化とその周辺への制度の輸出があったと考えられる。疾病構造の変化が、医療保険制度などを含む社会制度や個人の生活に与えた影響は、きわめて大きかった。この結果、日本の医学・衛生学(植民地医学を含む)は、東アジアに関する膨大な資料(地域研究情報)を蓄積してきた。しかし、従来の研究において、こうした資料群を本格的に分析した研究は行われてこなかった。本研究計画は、医学・衛生学関係の資料群を重要な地域研究情報と位置づけ、さまざまな利用の方法を模索することを目的としている。 |
研究実施状況: | -平成19年度- 本年度は、研究計画の初年度として、2回のワークショップを開催し、地域研究情報としての医療・衛生学関係資料の内容を確認し、その利用のあり方を検討した。 長崎大学熱帯医学研究所で開催した第1回ワークショップ(2007年6月8日)では、研究代表者の飯島から本研究計画の概要を説明し、特に、長崎大学熱帯医学研究所が所蔵する医学・衛生学関係資料のデータベース化の作業などを具体的な事例としつつ、資料の価値に関して討論を行なった。 以上をうけて、個々の地域の資料の性格を深く検討することの必要性が確認されたため、総合地球環境学研究所で開催した第2回ワークショップ(2008年3月1日)では、台湾、朝鮮、東南アジア(特に、蘭領インド)および日本を専門とする若手研究者に各地域の医学・衛生学関係資料の特徴(記述資料および統計資料)を報告していただき、研究を進めた。 -平成20年度- 2008年9月、台湾の中央研究院台湾史研究所と共同でワークショップを開催し、本研究課題に関する4本の報告と討論を行なった。主として、歴史資料、すなわち日本の植民地統治時期の文献、統計、文書史料(台湾総督府文書)=一次資料、の所在を確認するとともに、その利用方法に関して討論を深めた。また、上記研究所が進めているGISプロジェクトの概要を確認し、今後も共同研究を行うことで合意した。 以上の成果をもとに、現在、GISによる疾病研究として、マラリアおよび日本住血吸虫病に注目して分析を進めている。 なお、12月には、総合地球環境学研究所の門司プロジェクトなどと合同で、中国の研究者を招聘してワークショップを開催する予定である。そこでは、寄生虫病に関して、文献研究および生態学的なアプローチの研究報告を予定している。 -平成21年度- 地域研究情報として重要ないくつかの感染症に注目し研究をすすめた。特に注目したのはマラリアである。マラリアは、これまでも医療社会史研究の対象として研究が進められてきたが、依然として検討されてこなかった新たな資料群もかなり残されている。 本年度は、まず、太平洋戦争中の南方軍が泰緬鉄道の建設の際に直面したマラリアなどの感染症の流行およびその対策にかかわる一次資料のデジタル化を進め、今後の研究の基礎を構築した。また、先島のマラリアにも注目した。先島のマラリアは日本列島のマラリアとは異なった熱帯熱マラリアであり、20世紀初頭から対策がすすめられた。また、米軍占領時期にもさまざまな対策が進められている。本年度には那覇の公文書館所蔵の八重山関係資料を確認するとともに宮古の資料に関しても調査をすすめた。 以上のような研究成果の一端は、2010年3月上海交通大学との共同ワークショップで内容を報告した。 |
研究成果の概要: | -平成19年度- 初年度に開催した2回のワークショップでの討論を通じて、膨大な医学・衛生学関係資料が蓄積されていること、また、それを地域変容のインデックスとして用いることの有効性が確認された。 最大の成果は、これまで漠然と意識されていた医学・衛生学関係資料群の基本的な性格や特徴が明らかとなったことである。また、討論の中で、こうした資料群を歴史研究ないしは地域研究情報として利用すると同時に、疫学的な分析の対象として、例えば、感染症の伝播モデルの構築(理論疫学など)のために利用する可能性も指摘された。但し、感染症の流行の具体的なメカニズムは複雑であり、これを単純なモデル(例えば、水田の開発とマラリアの流行はたしかに関係があるが、これを一対一対応としてとらえることは誤りである)とすることには疑問も提起された。 以上のように、本年度の研究では、地域変容のインデックスとして医学・衛生学関係資料を利用することが共通認識となり、さらに、今後の研究の方向性も示された。 -平成20年度- ワークショップでの研究発表および討論を通じて、特定地域の疾病、特に感染症がある社会の特徴(栄養条件、衛生条件など)を示すことが明らかとなった。 例えば、マラリアは、開発による生態環境の変化によって媒介蚊であるアノフェレス蚊の発生状況が左右されることによって、その流行の程度が決定される。但し、流行の規定要因は多様であり、より周到な検討が必要である。 また、日本住血吸虫病に関しても、寄生虫を媒介するオンコメラニアの発生状況が流行を規定していた。日本では、戦後に進められた環境改変(溝渠の整備など)によって、日本住血吸虫病の発生は抑制されたが、現在、中国大陸では、急速な経済開発による生態系への介入(開発)によって、特定地域では日本住血吸虫病の流行がふたたび顕在化している。 以上のように、特定地域における疾病、特に感染症は地域変容のインデックスとして利用可能なことが明らかとなった。 -平成21年度- 特定地域の疾病、特に感染症がある社会の特徴(栄養条件、衛生条件など)を示すことがより明らかとなった。そのうち、マラリアは、開発による生態環境の変化によって媒介蚊であるアノフェレス蚊の発生状況が左右され、流行の程度が決定される。但し、流行の規定要因は多様であり、より周到な検討が必要である。 南方軍や先島の資料群および従来の研究成果を総括すると、感染症の流行およびその対策にかかわる資料は医療情報学および地域研究の情報としてきわめて重要である。そして、本研究計画が整理検討した資料群は政府統計や公刊資料等のレベルにはとどまらない詳細かつ個人の病歴にも及ぶものであった(なお、研究の過程では個人情報の取り扱いについて十分に留意した)。 その結果、一次資料を中心する膨大なデータが収集されたが、問題として、GISなども含めそれを分析するツールとデータが必ずしもマッチしないという点も明確になった。 |
公表実績: | -平成19年度- 第1回ワークショップ:2007年6月8日(金)、長崎大学熱帯医学研究所にて開催 第2回ワークショップ:2008年3月1日(土)、総合地球環境学研究所にて開催 -平成20年度- 1)飯島渉「感染症の流行に関する歴史データの整理とその国際保健・疫学への応用」『アジア遊学』No.113(特集 地域情報学の創出)78-83頁、2008年8月。 2) “Environmental Changes and Infectious Diseases: Historical Perspective and Contemporary Issues” Workshop, September 5, 2008, Academia Sinica. -平成21年度- 1)’Colonial Medicine and Malaria Eradication in Okinawa in the Twentieth Century: From the Colonial Model to the United States Model’ in Yip Ka-che (ed), “Disease, Colonialism, and the State: Malaria in Modern East Asia History”, Hong Kong University Press, Hong Kong, 2009/05. 2)『感染症の中国史:公衆衛生と東アジア(中公新書:2034)』(中央公論新社、2009年12月、vii、212頁)。 3)『高まる生活リスク:社会保障と医療(叢書中国的問題群:10)』(〈澤田ゆかり〉、岩波書店、2010年1月、xix、185頁)。 |
研究成果公表計画 今後の展開等: |
地域研究情報として感染症にかかわる研究は今後も継続し、特に、先島のマラリアを対象として研究を進める予定である。 但し、その際には、これまでの研究計画で明らかになった情報学的なツールと残されている資料のミスマッチに留意し、双方から歩み寄るような機会を作ることを心がけたい。この点は、歴史資料を情報学的に分析する場合のもっとも重要な課題であり、資料のビジュアル化にとどまらない意味ある分析を行うための異なった領域の研究者の討論の場を設定することをとくに重視したい。 |