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新自由主義の浸透と社会への影響に関する地域間比較研究(h22~h24)

過去の研究プロジェクト

新自由主義の浸透と社会への影響に関する地域間比較研究(h22~h24)

複合共同研究ユニット
代表: 村上勇介(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)
共同研究員: 仙石学(西南学院大学法学部・教授)、大野昭彦(青山学院大学国際政治経済学部・教授)、押川文子(京都大学地域研究統合情報センター・教授)、末近浩太(立命館大学国際関係学部・准教授)
期間: 平成22年4月~平成25年3月(3年間)
目的:  1980年代以降、新自由主義は、グローバル化の潮流に乗って世界各地に広がった。多くの国では、その影響で格差が拡大する現象も観察されてきており、新自由主義路線の見直しが主流となる国や地域も現れ始めている。2008年の世界的な経済危機の発生は、そうした方向に拍車をかけているように見える。ただ、新自由主義路線の浸透は、地域により時間差が生じたり、1つの地域内でも国によって差があった場合もあり、必ずしも一様ではない。また、その影響や反応の現われ方、見直しの方向性についても、一定の現象や路線に収斂しているわけではない。そこで、本研究では、世界各地における新自由主義の浸透度を確認したうえで、政治社会に与えた影響を分析する。そして新自由主義に対する反応や見直しをめぐる動向を検証する。そうした一連の研究を特定の地域内における比較分析および地域間比較研究として実施し、比較研究の分析枠組みの構築と検討を実施する。
研究実施状況: -平成22年度-
 本年度は、個別共同研究ユニット毎に研究活動を行うとともに、個別共同研究ユニットを基盤とした研究活動として、「中東欧とラテンアメリカのいまを比較する」研究会を、以前の複合共同研究ユニットより継続して実施した。7月と11月の2回にわたり研究会を実施した。また、2回目の研究会の後には、成果のまとめ方についての会議を開催した。
 具体的な実施状況は次の通り。
●第1回研究会
 日時:7月24日(土)
 会場:京都大学東京オフィス会議室1
 報告:テーマ「新自由主義と政治社会」
 「新自由主義的政策を支えるエストニアの連立内閣と『社会正義』理解」小森宏美(京都大学)
 「チリの『右傾化』とパラグアイの『左傾化』は新自由主義の是非の選択と関係しているのか」浦部浩之(獨協大学)
●第2回研究会
 日時:11月26日(金)
 会場:慶應義塾大学三田キャンパス東館4階セミナー室
 報告:テーマ「ロシアとラテンアメリカにおける新自由主義再考」
 「ロシアとグローバル・リベラリズム再考」上垣彰(西南学院大学)
 「新自由主義の政治的功罪と『左傾化』の理由」上谷直克(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
-平成23年度-
 本年度は、個別共同研究ユニット毎に研究活動を行うとともに、個別共同研究ユニットを基盤とした研究活動として、「中東欧とラテンアメリカのいまを比較する」研究会を7月と3月の2回にわたり研究会を実施した。また、1月には、中東とラテンアメリカの体制変動に関する比較研究を試みる研究会を実施した。
具体的な実施状況は次の通り。
●第1回研究会
日時:2011年7月23日(土) 14:00~17:00
会場:早稲田大学16号館大会議室
報告:テーマ「中東欧とラテンアメリカにおける新自由主義政策およびその背景」
「チリにおけるネオリベラリズムの浸透―シカゴ・ボーイズの役割を中心として―」竹内恒理(つくば国際大学) 「中東欧における『ネオリベラル政策』の諸相―複数国の比較から」仙石学(西南学院大学法学部教授)
●第2回研究会
日時:2012年1月28日(土) 13:30~17:30
会場:京都大学地域研究統合情報センターセミナー室(稲盛記念財団記念館2階213号)
報告:テーマ「中東の体制変動とラテンアメリカの経験」
「エジプトの政党政治の胎動─政党連合の形成と2011年議会選挙の結果を中心に─」今井真士(慶応義塾大学大学院) 「南米諸国の民主化の特徴に関する一考察─『移行学』の盛衰を手がかりに─」出岡直也(慶應義塾大学)
●第3回研究会
日時:2012年3月24日(土) 15:00~18:00
場所:早稲田大学9号館304教室
報告:テーマ「国際的な視点からの中東欧・ラテンアメリカにおける新自由主義」
「中・東欧諸国と欧州委員会の関係から見る経済像─EU競争政策との関連で─」吉井昌彦(神戸大学) 「新自由主義サイクルの国際比較─アルゼンチンと日本─」佐野誠(新潟大学)
-平成24年度-
●第1回研究会
日時:2012年9月29日(土) 15:00~18:00
場所:京都大学地域研究統合情報センター3階中会議室
テーマ:「新自由主義時代における年金制度改革の比較」
報告:「ハンガリー年金制度の部分的民営化の失敗と改革議論」 柳原剛司(松山大学)
「ラテンアメリカにおける年金制度『再改革』─第一世代改革の経路とその刻印を中心に─」馬場香織(東京大学大学院)
コメント:宇佐見耕一(アジア経済研究所)   
●第2回研究会
日時:2013年3月24日(日)13:00~17:30
場所:京都大学地域研究統合情報センター3階中会議室
テーマ:「ネオリベラリズムと政党政治─政党の指向性と実際の政策にずれが生じるのはなぜか─」
報告:「ラテンアメリカにおける政党指向と政策のギャップ─ペルーとホンジュラスの事例から─」村上勇介(京都大学)
「現代イベリア政治における政党イデオロギーの偏移と遷移」横田正顕(東北大学)
「エストニアの『新自由主義的』政策を支える諸要因と抵抗」小森宏美(早稲田大学)
コメント:林忠行(京都女子大学)
研究成果の概要: -平成22年度- 
 最初の研究会では、新自由主義と社会や政治のあり方との関係について考察した。
 小森報告は、中東欧のなかでも格差が大きく拡大しているエストニアで新自由主義的な政策がとられてきた原因を、ロシア語系住民の政治からの排除を背景とする左派政党の欠如に求める従来の見方にくわえ、新自由主義化を進めた歴代連立政権の要となった改革党の存在や、経済が順調だったなかで格差の縮小は望むものの個人の努力は評価すべきという社会正義感に求めることを重視した。
 他方、浦部報告は、ほぼ同時期に民政移管したチリとパラグアイは、その後、一つの勢力が権力の座についてきたことで共通しており、その勢力が各々の内部対立から至近の選挙前に分裂する事態となり、それが結局は政権交代につながったのであって、新自由主義路線との関連で近年のラテンアメリカ政治の動向を捉える風潮に一石を投じるものであった。
 いずれも、政治過程の全体的動態のなかで自由主義を位置づける必要性を確認できた報告であった。
 2回目の研究会では、ロシアにおける新自由主義の系譜論、ならびにラテンアメリカにおける新自由主義の多様性に関して検討した。
 上垣報告は、ロシアにおける新自由主義の浸透において、アメリカ合衆国の大学で学んだり研究をした学者やテクノクラートの人的ネットワークが重要だったことを跡付けた。二つ目の上谷報告は、近年公表されてきている実証研究をまとめつつ、新自由主義が「席巻した」、あるいは「社会の原子化をもたらした」とする通説を再考し、その浸透の度合いと政治社会過程への影響の多様性を認識する必要性を強調しました。
 こうした報告を踏まえつつ、2回目の研究会の後に実施した成果をまとめる方向性についての会議では、新自由主義の政治過程や政党政治への影響、政策面での具体的な現れ方、理念が広がる力学、といった点についてまとめることで認識を共有した。
-平成23年度-
 中東欧・ロシアとラテンアメリカの両地域は、幾つかの側面で相違が観察されるものの、19世紀末以降の近代化過程の重要な位相において共通性を有し、体制転換後の政治と経済でも同様の課題に直面してきた。「地域のコンテクスト」の点で共通性が高い地域である。
 具体的には、19世紀から20世紀前半にかけて、チェコの一部を例外とした中東欧からロシアに至る地域とラテンアメリカはいずれも、ヨーロッパの中核に対し農産物や軽工業品を供給する、周辺ないし準周辺的な地位におかれていた。その後20世紀の中期になると、中東欧およびロシアにおいては、社会主義体制の下で重化学工業を中心とする自給型の工業化が進められた。他方のラテンアメリカにおいては、国ごとの相違はあるものの、多くの国において権威主義的な政治のもとで、テクノクラート主体による輸入代替工業化が進められた。いずれの地域においても非民主主義的な体制による跛行的な工業化、近代化が進められたのである。そして、この時期における工業化、近代化に伴う社会変動が、両地域のその後の社会経済の基礎を形成することとなる。そしてラテンアメリカでは1980年代から、中東欧およびロシアでは1990年代から、いわゆる「民主化の第3の波」の流れに乗る形で一応の民主化を実現した。だが、いずれの地域においても、政治面では政党システムが安定せず不安定な政治が続いている国が多い。経済面でも、1997年のアジア通貨危機や2008年のいわゆる「リーマン・ショック」などのような国際経済からの作用に脆弱なままで、複数回にわたり深刻な経済危機を経験している国もあるというように、現在でもなお両方の地域は似たような状況に置かれている。
 他方、両地域の間には、歴史的経緯の違いによる明らかな相違も存在している。例えば中東欧およびロシアでは、社会主義化に伴う農業集団化が旧来の支配層であった地主層を除去し、その結果現在では社会における階層構造も相対的に平準化されている。これに対し、ラテンアメリカの権威主義的な政治の下では、社会構造の変革は進まず旧来の支配層の利益が温存され、その結果として民主化の後の時期においても、富裕層と貧困層の間に断絶が存在している。また中東欧に関しては、欧州連合(EU)という強力な外部アクターの存在が民主主義や市場経済の定着に影響を与えているのに対して、ラテンアメリカおよびロシアに対しては外部から強力な影響を与えるアクターが存在せず、そのために民主主義や市場経済の定着の度合いが中東欧に比べて弱いことも指摘されている。
 新自由主義に関しては、その浸透の程度の点で両地域は相違がみられる。ラテンアメリカでは、早い国で1970年代から、遅い場合でも1990年代前半には、ネオリベラリズム改革がほぼすべての国で推進された。例外は、1959年の革命以降カストロ体制が維持されてきたキューバと、国内の反発からネオリベラリズム改革が他の国ほど進まなかったベネズエラのみである。その導入の時機は、基本的に、それまでの国家発展モデルの行き詰まりの中で危機状況に陥ったタイミングに依存している。軍政下で行われた場合もあれば、民政移管後の政党政治の下での開始を求められた場合もある。導入後、格差や貧困、失業、低賃金といったミクロ面での問題が存続ないし悪化し、1990年代末から、ネオリベラリズムの見直しが基調となるポストネオリベラリズムの段階に入っている。今日のラテンアメリカでは、ネオリベラリズムの根本的見直しを求める「急進左派」、マクロ面でネオリベラズムを維持しつつ貧困や格差などを是正する社会政策を重視する「穏健左派」、ネオリベラリズム堅持の右派、という3つの路線が併存している。
 他方、共産党一党支配と国家計画経済からの脱却、連邦国家の解体による国家の枠組み自体の転換という「三重の転換」が同時進行した東欧・ロシアでは、ネオリベラリズムの波が一旦、地域全体を覆ったように見えた。しかし、ラテンアメリカと比較して社会的格差が小さく、労働組合運動や社会福祉の伝統も強く、共産主義期に形成された社会的セーフティネットが完全には崩壊しなかった中東欧・ロシアにおいては、その浸透には温度差があった。旧ソ連・ロシアへの依存からの脱却を強く求め、「三重の転換」の緊急な実現を求めたバルト諸国ではネオリベラリズムが優越してきた。対極には、旧体制の下で始まった「三重の転換」過程が長期にわたり進んだことに加え、旧ソ連圏で最も開放的な経済を持ち、ネオリベラリズムが定着しなかったスロヴェニアが存在する。ネオリベラリズム派と対抗勢力が拮抗関係にあり、バルト諸国とスロヴェニアの中間にあるのがヴィシェグラード諸国と呼ばれるチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキアである。
-平成24年度-
 重点をおいて進めてきた、中東欧とラテンアメリカの比較分析は次のような結論にいたった。
同じような歴史的経緯におかれてきて、かつ国際環境も共通している、さらには、ネオリベラル的な考え方が流入してきた経緯も非常に近いはずの中東欧とラテンアメリカ、それぞれの地域において、ネオリベラリズム的な政策を積極的に実施した国と、ネオリベラリズムからは距離を置いている国とが存在する。これまでの議論では、中東欧やラテンアメリカ諸国におけるネオリベラル的な政策は、結局のところIMFや世界銀行を中心とする国際金融機関によって「押しつけられたもの」で、その内実に相違はないとみるか、もしくは、中東欧とラテンアメリカというおかれた環境の地域差が各国の状況の相違に結びついているとする見方が、一般的であった。だが実際には、それぞれの国でネオリベラル的な政策が実施されるか否かに関しては、国ごとの固有の要因の作用の方が大きく、そのためにネオリベラル的な政策の現れ方の違いは国ごとに明確に異なっていること、およびその相違は地域間の相違とは異なり、中東欧およびラテンアメリカそれぞれの地域の中で相違がみられることが明らかになった。
 ここで国ごとに表れた相違に重要な影響を与えた重要な要因の一つとして考えられるのが、各国の政党政治、およびその形の違いである。中東欧においては、政党政治におけるネオリベラル的改革の「争点化の形」の相違が、第2世代改革を実施した国と、第2世代改革の実施の程度が低い国を分けたこと、および後者においては、旧共産党の後継政党が早い段階でネオリベラル的な政策を実施したことが、逆にその後の政党政治において保守・リベラル系の政党がネオリベラル的な改革と一線を画するようになる要因として作用した。他方、ラテンアメリカでは、政党政治がネオリベラル的改革の必要性という問題に直面した諸国では、それが政党政治におけるネオリベラル改革の争点化と政党政治の不安定化に結びついたのに対して、民政移管以前に改革が行われた諸国ではやはりネオリベラル的政策が政党政治の争点から外れ政党システムが安定してきている。そして、新自由主義が政党政治において争点化しているという点では共通しているが、その争点化の形は国ごとに異なっているうえに、ネオリベラル的な政策が選挙の重要な争点となる場合でも、それに対する一定の支持が存在するなどネオリベラリズムに関する評価のあり方も国ごとに異なっていることから、最終的に各国におけるネオリベラル的な政策の実践もまた、異なった形のものとなっているのである。 
公表実績: -平成22年度-
中東欧ロシアとラテンアメリカの状況を比較した論文集の刊行を目指している。
-平成23年度-
村上勇介・仙石学編『ネオリベラリズムの実践現場─中東欧・ロシアとラテンアメリカ─』京都大学学術出版会、2013年、320ページ
研究成果公表計画
今後の展開等:
-平成22年度-
 テーマを決めて中東欧とラテンアメリカを比較する研究会を引き続き3回実施することに加え、中東とラテンアメリカの比較研究を実施する研究会を立ち上げ2回実施することとしたい。
-平成23年度- 
 中東欧とラテンアメリカを比較する研究成果の刊行することを目指す。また、中東とラテンアメリカの比較を引き続き実施し、3地域をめぐる新自由主義の状況について分析することとしたい。
-平成24年度-
 複合共同研究ユニット「ポストグローバル化期の国家社会関係」において、本研究で得られた知見を検証するとともに、地域間比較をさらに進める予定である。