代表: | 大石高典(京都大学こころの未来研究センター・特定研究員) |
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共同研究員: | Anna Tsing(カリフォルニア大学サンタバーバラ校・教授)、大月健(京都大学人文科学研究所・非常勤職員)、小原弘之(同志社女子大学・名誉教授)、佐塚志保(トロント大学人類学部・助教)、吉村文彦(同志社女子大学・非常勤講師) |
期間: | 平成22年4月~平成24年3月(2年間) |
目的: | マツタケはマツ科マツ属などの樹木と共生関係をもつ菌根菌であり、環太平洋から地中海沿岸や北欧まで、世界各地からマツタケの発生が報告されている。マツタケの主要な消費地域は日本だが、1960年代のエネルギー革命とそれに続く農林業の衰退により、日本の代表的な里山林であると同時にマツタケの生産環境であったアカマツ林が著しく減少し、マツタケ生産量は激減した。同時にマツタケの輸入が増えた。朝鮮半島、中国雲南省など東アジア産地だけではなく、北アメリカ、モロッコやアルジェリアなど地中海沿岸、スカンジナビア半島にいたる広範な地域でマツタケが採取され、日本へ輸入されている。本研究では、これら各地域において生起しているマツタケをめぐる諸現象を、1) 生態環境とヒューマン・インパクト、2) 流通の政治経済、3) 人の移動と食文化の各レベルで把握することにより、地域間の相互作用を動態的に描き出すことを目的とする。 |
研究実施状況: | -平成22年度- 3回の研究会を開催し、資料収集と整理を行った。8月には北海道で共同研究者の佐塚とともに在野のマツタケ研究者を交えた研究会を行い、北海道のマツタケ採集文化に関する調査を行った。9月には岩手県岩泉町で、マツタケ生産者らと公開研究会を行い、アカマツ林を視察した。同じ9月には、共同研究者の吉村博士を朝鮮民主主義人民共和国に派遣し、現地の農学研究者らとマツタケ科学に関して意見交換を行った。シンポジウムでの研究発表および討論内容に関する音声資料が得られたので、起稿と翻訳を行い、記録として参照できるようにした。2月には、森林総研の山中高史博士を招聘し、アカマツとマツタケの共生関係に関する公開研究会を行った。また、共同研究者の小原により同志社女子大学に長らく保管されていた故・浜田稔博士らにより収集された世界各地のマツタケ標本の保存状況を確認し、目録化して京都大学総合博物館への仮収蔵を行い、文献資料に関しては研究協力者の大月が和文文献を過去100年間にわたって網羅的に収集、目録化した。 -平成23年度- 1回の国際シンポジウムと2回の公開研究会を行い、新たに得られた資料の整理を進めた。2011年9月には、中国昆明市にて、アメリカとカナダから共同研究員のAnna Tsing博士ら北アメリカのマツタケワールド研究チーム、中国から雲南大学および昆明食用菌研究所のマツタケ研究者、北朝鮮民主主義人民共和国から国立きのこ研究所のマツタケ研究者の参加を得て世界初の「松茸学」に関する国際学術会議を開催した。東アジアを中心に、アジア太平洋地域のマツタケの遺伝、生理・生態、食文化と社会のテーマに関して活発な討議が行われた。 2012年3月には、東京電力福島第一原発事故によりもたらされた、マツタケをはじめとする野生キノコと森林生態系への放射線汚染の実態を把握することを目的に研究会を行い、汚染の実態把握とともに、マツタケをはじめとした食用キノコを安全に利用するための今後の対策を、放射線防御の専門家や福島県、岩手県から招聘したマツタケ採集者、生産者を交え、参加者とともに考えた。 |
研究成果の概要: | -平成22年度- 海外共同研究者やマツタケ生産/採集者と研究会やフィールドワークを行うことにより、日本国内のマツタケ文化の多様性を海外事例との比較をもとに明らかにすることができた。例えば、マツタケの社会文化的な価値と市場流通の状況が大きく異なっている北海道と本州の比較により、日本国内でもマツタケを採集する文化(「とるだけ」文化圏)と栽培する文化(「育てる」文化圏)があることがわかった。マツタケの嗜好品としての商品化が遅れ、アマチュアによるレジャーとしての熱烈な採集対象になっている北海道の現状は、北米大陸におけるマツタケの扱われ方に相似である。一方、育てる文化は、松枯れ現象が北上するなかで健全なアカマツ林が残されている東北地方の一部や関西地域の一部に特徴的であり、集約的な林地栽培と産地形成の努力がなされている。マツタケとホスト植物の共生関係とマツタケをめぐる歴史・社会文化条件の多様性の双方を考慮に入れた上で、グローバルな地域間の重層的な相互作用を把握していく視点を示すことができた。 -平成23年度- グローバリゼーションが進んだ現在、単に生産と消費の現場を直線的に結んで理解しようとするだけではなく、必ずしも直接的な関係をもたない第三、あるいは第四の地域で起こっている生態・政治経済・文化領域の現象を踏まえなければ、やりとりされる生産物をめぐって多地域間で起こっている相互作用の全体像は得られない。本研究では、日本および東アジアの一部で文化特異的に消費されるマツタケに焦点を当てて、マツタケ生産地のグローカルな形成過程を歴史的に解明しようと試みた。 これまで、マツタケに関する研究蓄積は生物学分野においても、その他の領域においても日本が抜きんでていた。しかし、近年では北米や東アジア、北欧の研究者を中心に地域性の強いマツタケ研究が展開されるようになってきている。今年度の成果として第一に挙げられるのは、これまで積極的な交流の機会を持たなかった異なる地域(日本、中国、朝鮮、アメリカ、カナダ)で活動する、異なる関心の方向性をもったマツタケ研究者が、本プロジェクトの枠組みにより学術交流を行う機会をもったことである。これにより、マツタケをテーマにアジア・太平洋地域を横断しながら、同時に生態学、遺伝学、分類学、応用微生物学、林学、文化人類学、歴史学などの分野をまたいだ意見交換を行うことができた。 国際シンポジウムでは、マツタケという嗜好品を切り口に据えることで、政治経済システムや価値観の異なる世界で、マツタケに関する知識や学知がどのように育まれているかが明らかになった。ことに、未だ人類が成功していないマツタケ生活史を通じた「完全栽培」について、国・地域ごと、また専門分野ごとに異なる探究の方向性が見られたのは興味深い発見であった。 今後の課題として、マツタケの生産・流通構造の変化と基礎科学・応用科学双方における学知の展開の関連性を地域相関的に把握することができるようになることが挙げられる。 |
公表実績: | -平成22年度- ・公開シンポジウム「マツタケ研究とマツタケ生産の接点を探る」、ホテル龍泉洞愛山(岩手県岩泉町)、2010年9月16日. ・公開シンポジウム「アカマツとマツタケ:共生関係のベールを捲る」京都大学稲盛財団記念館大会議室(京都市左京区)、2011年2月28日. -平成23年度- 国際シンポジウム開催: “2011 International Workshop of Matsutake Mushroom”, Kunming, Yunnan, China, September 3rd to 6th, 2011. 公開研究会開催: 『東日本におけるマツタケをはじめとした野生食用菌類の放射線汚染実態と対策』(京都大学地域研究統合情報センター共同研究)、京都大学稲盛財団記念館(京都市左京区)、2012年3月5日. |
研究成果公表計画 今後の展開等: |
-平成22年度- 下記3項目に重点を当てて、共同研究を進める。 1)世界各地域のマツタケに関するモノ(標本)・画像・食文化データベースの作成 京都大学総合博物館の協力を得つつ、共同研究者の小原を中心に世界各地の子実体・菌根標本の収集・整理を進めるとともに、 採集地点の地点情報付きの写真資料のデータベース化を行う。海外共同研究者のネットワークを活用してマツタケの方名や食文化に関わる情報を収集し、盛り込んでゆく。クリッカブル・マップとして、世界のどの地域でどのようなマツタケが発生するか、森林の特徴も含めてウェブ上で公開表示できるようにすることを目標にする。 2)マツタケに関する社会文化比較 マツタケ料理のレシピ集の作成による、食文化の多様性と動態(ただ、伝播するだけでなく、新しい食べ方の発明を含む)、 マツタケが喚起する感情・記憶、マツタケ採集の比較民俗(シロ記憶型, 高速道路型, etc.) に関する多文化間比較を海外共同研究者とともに行う。 3)文献収集・整理 和文に加え、欧文文献も加えたマツタケ研究文献データベースの作成を行う。成果発表に関しては、国内研究会を2回、海外(中国・雲南省)での国際シンポジウムを1回開催するほか、1)プロジェクトのホームページを作成し、研究会の活動報告や成果報告を社会還元することと、2)2年間の研究成果をもとにした、和文での成果出版計画を進める。 -平成23年度- マツタケ研究プロジェクトのホームページを発展させ、マツタケ研究文献目録、マツタケ写真データベース、などの研究成果を公開する。研究会の活動報告や新知見も随時アップしてゆく。 国際シンポジウムを開催し、広く共同研究により得られた知見を公開するとともに各地のマツタケ生産者や里山回復運動の担い手を交えた交流会を京都で開催する。これら研究活動の成果を和文の単行本と英語論文集の2つの成果物に取りまとめ、出版する。 |